2025年6月11日、国民民主党は、同年夏の参議院議員選挙の比例代表候補として5月14日に擁立を発表したばかりの山尾志桜里(やまお しおり)元衆議院議員の公認を取り消すという、極めて異例の決定を下しました。この突然の方針転換は永田町に大きな衝撃を与え、多くの国民が「一体なぜ?」「何があったのか?」と騒然となったのです。
かつて「民進党のジャンヌ・ダルク」と称され、舌鋒鋭く政権を追及する姿で一躍スター議員となった山尾さん。2021年の政界引退から約4年の時を経て、国民民主党の玉木雄一郎代表から直々の要請を受け、国政復帰への道を歩み始めたはずでした。一度は「即戦力」として期待されながら、なぜ彼女は政治の表舞台への帰還を目前にして、その道を断たれることになったのでしょうか。その背景には、単なる政策論争や党内対立では説明のつかない、彼女自身の過去、とりわけ2017年に世間を震撼させたW不倫スキャンダルという、根深く、そしてあまりにも悲しい結末を迎えた問題が存在していました。
この記事では、山尾志桜里さんの国民民主党公認取り消しという事態の真相を解き明かすため、あらゆる情報を網羅し、多角的な視点から徹底的に深掘りしていきます。
- 公認発表の歓喜から一転、取り消しに至るまでの詳細な時系列と党の内幕
- 世論の猛反発を招いた運命の記者会見で、山尾さんは何を語り、何を語らなかったのか
- 公認取り消しの核心的理由とされる倉持麟太郎弁護士とのW不倫問題、その生々しい実態
- 「ガソリーヌ」と揶揄されたガソリン代不正使用疑惑など、政治家としての信頼を揺るがした過去の不祥事の数々
- 不倫相手とされた倉持麟太郎弁護士とは一体何者で、現在はどのような活動をしているのか
- このスキャンダルが招いた、人の命が失われるという悲劇的な結末と、残された関係者たちの「その後」
本記事を最後までお読みいただくことで、今回の騒動の全貌と、その根底にある政治家の倫理観、そして説明責任の重さという現代社会が抱える問題を、より深くご理解いただけることでしょう。
1. 山尾志桜里の国民民主公認取り消しという衝撃的な結末

今回の騒動の核心部分、それは国民民主党による山尾志桜里さんの公認取り消しという前代未聞の決断です。一体どのような水面下の動きがあり、この政治劇は展開されたのでしょうか。発表からわずか1ヶ月足らずで下された決定の裏側を、時系列で詳細に追いながら、その内幕に鋭く迫ります。
1-1. 公認発表から取り消しへ…ジェットコースターのような28日間の全記録
事態は、国民民主党が山尾さんを参院選の目玉候補の一人として華々しく発表してから、わずか28日間で急転直下しました。その間の出来事を詳細に時系列で整理すると、党執行部がいかに世論の風を読み違え、混乱と迷走の末に決断を迫られたかが見えてきます。
日付 | 出来事 |
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2025年5月14日 | 国民民主党が両院議員総会を開催。夏の参院選比例代表候補として、山尾志桜里氏、足立康史氏、須藤元気氏、薬師寺道代氏ら元国会議員4名の擁立を正式に発表。玉木代表は「即戦力」としての期待を表明。 |
5月14日以降 | 擁立発表の直後から、X(旧Twitter)などのSNSを中心に、山尾氏の過去のW不倫スキャンダルや政治資金問題に対する批判的な投稿が爆発的に増加。「なぜ今さら山尾氏を?」という疑問や怒りの声が渦巻く。 |
5月下旬~6月上旬 | SNSでの炎上は収まらず、報道各社の世論調査で国民民主党の支持率が目に見えて下落。この現象は「山尾ショック」と呼ばれ、党内に深刻な危機感が広がる。都議選を控えた地方議員からも悲鳴が上がり始める。 |
6月10日 | 山尾氏が批判に応える形で、都内の衆議院第一議員会館で記者会見を実施。約2時間半にわたり、過去の不祥事について謝罪の言葉を述べるも、W不倫疑惑の核心部分に関する説明は事実上拒否。 |
6月11日 | 記者会見の内容が「火に油を注いだ」と判断した国民民主党は、緊急で両院議員総会を開き、山尾氏の公認見送りを満場一致で決定。事実上の公認取り消しとなる。 |
6月12日 | 山尾氏が「統治能力に深刻な疑問を抱いている」などと党執行部を痛烈に批判する声明文を発表し、国民民主党に離党届を提出。両者の関係は完全に決裂した。 |
このように、擁立決定からわずかな期間で事態は全く逆の方向へと進みました。当初の期待感は瞬く間に失望と怒りに変わり、党執行部がその対応に追われる様子が克明に記録されています。
1-2. 党内外からの猛批判と支持率急落「山尾ショック」の凄まじさ
山尾さんの擁立が報じられると、インターネット上では瞬時に過去のスキャンダルが掘り起こされ、凄まじい勢いで批判が拡散されました。「#山尾志桜里の公認に反対します」といったハッシュタグも登場し、党の公式SNSアカウントには数千件単位の抗議コメントが殺到したと言われています。この反応は、単なる一部のアンチによるものではなく、幅広い層からの根源的な不信感の表れでした。
特に深刻だったのは、2017年のW不倫スキャンダルにおいて、相手男性の元妻が自ら命を絶つという悲劇的な結末を迎えていたことです。この事実が人々の記憶に強く刻まれており、「人の命が失われた問題にどう向き合うのか」という倫理的な問いが、山尾さんと彼女を擁立した国民民主党に突きつけられたのです。
この国民の反発は、報道各社が行う世論調査の結果にも明確に反映されました。これまで上昇基調にあった国民民主党の支持率は擁立発表後に急落し、一部調査では数ポイントの下落が見られました。これが「山尾ショック」です。党内、特に選挙を目前に控える地方議員からは「このままでは戦えない」「支持者が離れていく」という悲鳴が上がり、執行部への圧力は日増しに強まっていきました。
1-3. 玉木雄一郎代表の誤算と苦渋の決断に至る背景
この擁立劇を主導したとされる国民民主党の玉木雄一郎代表は、結果的に深刻な判断ミスを犯したとして、厳しい立場に立たされました。山尾さんとは2009年の初当選同期であり、元検事としての論理的思考能力や憲法政策に関する知見を高く評価していた玉木代表は、彼女を国政に復帰させることが党の政策実現能力を高める上で不可欠だと考えていたようです。
当初は「過去は誰にもある。再チャレンジの機会を用意することも政治の仕事だ」と擁立の意義を強調していました。しかし、その見通しはあまりにも楽観的でした。SNS時代の世論の速度と厳しさ、そして人の死が関わるスキャンダルの根深さを完全に見誤っていたのです。
全国の都道府県連全てから公認見送りを求める声が上がるという異常事態に直面し、玉木代表はついに自らが主導した擁立案を撤回するという苦渋の決断を下します。2025年6月11日、玉木代表は記者団に対し、「有権者、全国の支援者から十分な理解と信頼が得られないと判断した。擁立をした代表の私にも責任がある」と述べ、対応が遅れたことへの批判も真摯に受け止めると謝罪しました。この一連の迷走は、玉木代表の求心力にも影を落とし、党運営における大きな教訓を残すことになりました。
2. 炎上を加速させた山尾志桜里の記者会見、一体何を語ったのか?
国民民主党に公認取り消しという最終決断をさせた直接の引き金は、2025年6月10日に開かれた記者会見でした。約100人の報道陣が詰めかけた注目の会見は、しかし、疑惑の火消しどころか、さらなる大炎上を招く結果となります。約2時間半に及んだ質疑応答で、山尾さんは何を語り、そして有権者が最も聞きたかった核心部分にどう対峙したのでしょうか。
2-1. 会見の雰囲気と「おごりがあった」という反省の弁
会見は異様な緊張感の中で始まりました。紺のパンツスーツに白いブラウスという謝罪会見の定番ともいえる服装で現れた山尾さんは、冒頭、深々と一礼し、用意した文書を読み上げる形で過去の自身の行動について謝罪の言葉を述べ始めました。
特に、世間の批判が集中する2017年のW不倫疑惑については、「8年前の自分の行動、ご指摘を受けた際の対応は、きわめて未熟だったと反省している。8年前の自分にはおごりがあったと思います。8年前の自分の行動と対応の未熟さを、心からお詫び申し上げます」と、何度も反省の意を口にしました。
また、ガソリン代の不正支出問題や議員パスの不正使用についても、元秘書の不正や自身の認識の甘さを認め、「ひとえに私自身の責任」「情けないお詫びの仕方だったと大変後悔しています」と謝罪。国政への再挑戦にあたり、過去の過ちを真摯に受け止めているという姿勢を強調しようとしました。
2-2. 核心を突く質問への回答拒否「新しい言葉を紡ぐことはご容赦を…」
しかし、会見の雰囲気が一変したのは、質疑応答に移ってからです。記者たちからW不倫疑惑の「事実関係」そのものを問う質問が矢継ぎ早に飛ぶと、山尾さんの口は途端に重くなります。不倫の事実を認めるのかという核心的な問いに対し、彼女は「8年前に言ったことは事実です」と述べ、かつての会見と同様に男女関係を否定するスタンスを崩しませんでした。
そして、それ以上の詳細な説明を求める質問に対しては、以下のような言葉をテープレコーダーのように繰り返したのです。
「大変申し訳ありませんが、当時お話した以上のことをこの場で新しく、言葉を紡ぐことはどうかご容赦いただけたらと思います」
「それぞれの、いろいろな思いの方がいらっしゃいますし、いろんなお立場があります。そういう中で、私が今、新たに何かお話をすればご迷惑をおかけする」
「本当に申し訳ありませんが、新しくその件についてお話をさせていただくことは、勘弁いただきたい」
この「言葉を紡ぐことはご容赦を」という詩的な表現を伴った事実上の“回答拒否”は、説明責任を求める国民を逆なでする結果となりました。「説明する気がないなら、なぜ会見を開いたのか」という当然の疑問が噴出し、彼女の姿勢そのものへの不信感が決定的なものとなった瞬間でした。
2-3. 会見後の大炎上とメディアからの厳しい論評
この「ゼロ回答会見」は、瞬く間にインターネット上で大炎上しました。「全く反省していない」「被害者感情を無視している」「言葉を紡ぐ、じゃなくて事実を話せ」といった、失望と怒りに満ちたコメントがSNSのタイムラインを埋め尽くしました。
各メディアも、この対応を極めて厳しく論評しました。翌日の新聞各紙には「説明責任果たさず」「疑惑深まる」「釈明に終始」といった厳しい見出しが並び、テレビの情報番組でもコメンテーターたちがこぞってその姿勢を批判。国民民主党内からも「あれでは有権者の支持は得られない。致命的だった」という声が公然と漏れ伝わるようになります。
結果的にこの会見は、山尾さん自身がとどめを刺す形となり、国民民主党に公認取り消しという「損切り」を決断させる、決定的な引き金となったのです。
3. なぜ公認取り消しに至ったのか?その根本理由と複合的要因を解剖

なぜ国民民主党は、一度は党の「顔」として期待した候補者の公認を、これほどあっさりと覆すことになったのでしょうか。その理由は単一ではなく、W不倫という致命的なスキャンダルを核としながらも、過去の不祥事の積み重ね、そして党が置かれた政治的状況という複数の要因が複雑に絡み合った結果でした。
3-1. W不倫スキャンダルとその悲劇的結末という「致命傷」
公認取り消しの最大の、そして最も根源的な理由は、2017年に発覚した倉持麟太郎弁護士とのW不倫スキャンダルです。この問題が他の政治家の色恋沙汰と決定的に異なるのは、その先に人の命が失われるという、取り返しのつかない悲劇が起きていた点にあります。不倫相手であった倉持弁護士の元妻が、一連の騒動による心労の末に自ら命を絶っていたという事実は、あまりにも重いものです。
政治家の資質として、政策立案能力や弁舌の鋭さも重要ですが、それ以前に人としての倫理観が問われます。家庭を壊し、結果的に人の死という事態を招いた当事者であるという事実は、有権者が彼女に向ける視線を根底から規定していました。山尾さんがこの最も重要な点について、真摯な言葉で説明し、心からの謝罪を表明できなかったこと。これこそが、彼女が政治家として再び信頼を得る道を自ら閉ざしてしまった「致命傷」だったと言えるでしょう。党としても、この重すぎる十字架を背負った候補者を公認し続けることは、党そのものの倫理観を問われることになり、到底不可能だったのです。
3-2. 過去の不祥事がボディブローのように蓄積させた「不信感」
W不倫問題という決定打がなくても、山尾さんの政治家としての信頼は、過去の数々の不祥事によってすでに大きく損なわれていました。有名な「ガソリーヌ問題」に代表される政治資金の不透明な処理は、「政治とカネ」の問題に国民が極めて敏感になっている現代において、彼女に対する根強い不信感の源泉となっていました。
これらの問題は、一つ一つが軽いジャブやボディブローのように、彼女の政治家としてのイメージを着実に蝕んでいました。
- ガソリン代不正使用疑惑:「秘書がやった」で済ませようとした姿勢
- 500万円還流疑惑:「特に意図はなかった」という不可解な弁明
- 議員パス不正利用:公私混同を象徴する脇の甘さ
これらの疑惑に対する彼女の対応は、一貫して「説明不足」「責任転嫁」と受け取られがちでした。この不信感の積み重ねがあったからこそ、W不倫問題が再燃した際に、世論の反発が爆発的なものとなったのです。もし彼女がクリーンなイメージを持つ政治家であれば、あるいは過去の過ちに対して真摯な反省を示せていれば、世間の反応も少しは違ったかもしれません。
3-3. 国民民主党の党内事情と支持層への政治的配慮
最終的な決断を下した国民民主党側の事情も、無視できません。衆院選での躍進以来、支持率を順調に伸ばし、「政策先導型」野党としての地位を確立しつつあった党にとって、「山尾ショック」による支持率の急落は、まさに悪夢でした。来る都議選、そして本番の参院選での党勢拡大という目標達成に、黄色信号が灯ったのです。
特に、党の屋台骨である支持母体の労働組合「連合」や、日々の活動を支える全国の地方議員、そして党費を払って応援する党員・サポーターからの突き上げは、執行部にとって無視できない圧力でした。彼らからの「こんな候補者を応援できるか」という声は、選挙の当落に直結します。玉木代表ら執行部は、山尾さん一人を公認することで、党全体の基盤が崩壊しかねないという現実に直面し、最終的には彼女を切り捨てるという冷徹な政治的判断を下したのです。それは、一人の政治家の再起よりも、党の存続と拡大を優先した結果でした。
4. 山尾志桜里の過去の不祥事・スキャンダル、ガソリン代不正使用の真相とは?
山尾さんの政治家としてのキャリアには、W不倫問題以外にも複数の重大な不祥事が記録されています。ここでは、特に彼女の信頼性を大きく損なったとされる疑惑について、その内容をより一層詳しく検証していきましょう。
4-1. 「地球5周分」ガソリン代不正使用疑惑(ガソリーヌ問題)の衝撃的な実態
山尾さんの名前を検索すると必ずと言っていいほど現れるのが、この「ガソリーヌ」問題です。この不名誉なあだ名の由来となったのは、2016年に発覚した常軌を逸したガソリン代計上でした。彼女が代表を務める政党支部「民主党愛知県第7区総支部」が、2012年分の政治資金収支報告書において、年間で約230万円ものガソリン代を計上していたことが週刊新潮によって報じられたのです。しかし、問題の根はさらに深く、後の調査で、実際の支出額は約430万円にものぼっていたことが明らかになりました。
この金額を当時のハイオクガソリン価格(1L=160円と仮定)と平均燃費(1L=15kmと仮定)で走行距離に換算すると、実に約40万キロメートル。これは「地球10周分」に相当する天文学的な数字であり、にわかには信じがたいものでした。しかも、収支報告書には同じ店舗で1日に10万円分(プリペイドカードへの入金5回分)ものガソリン代を支出したという不自然な記載も見つかりました。
この疑惑に対し、山尾さん側は記者会見で「すでに退職した元公設秘書が、ガソリンスタンドに捨ててあった他人のレシートを拾い集め、それを元に不正に経費を請求し着服していたもの」と説明しました。つまり、実際にガソリンを購入したわけではなく、秘書による詐欺的な行為の被害者であったという主張です。最終的に、元秘書が不正請求を認めて約217万円を弁済したことで、山尾さん側は刑事告訴を見送りました。しかし、「秘書がやったこと」で済ませ、監督責任を問う声に真摯に応えようとしなかった姿勢は、多くの国民に「責任転嫁」と映り、彼女の政治資金に対する管理能力と当事者意識の欠如を強く印象付けました。
4-2. 500万円還流疑惑と専門家も首を傾げた不可解な金の流れ
ガソリン代問題と並行して追及されたのが、不可解な500万円の資金移動、通称「500万円還流疑惑」です。2014年の総選挙前、民主党本部から山尾さん個人に選挙資金の元手となる「公認料」として振り込まれた500万円が、わずか10日ほどの間に「山尾氏個人 → 政党支部へ寄付 → 政党支部から山尾氏個人へ選挙費用として支出」という形で、そっくりそのまま彼女の手元に戻っていたことが判明したのです。
この一見無意味に見える資金移動は、政治資金に詳しい税理士などから、個人から政党支部への「寄付」という形式を取ることで「寄付金控除」を利用し、所得税を不当に安くしようとしたのではないか、つまり「脱税」の疑いがあると厳しく指摘されました。もし寄付金控除を受けていたとすれば、約170万円もの税金を浮かせることも可能だったと試算されています。
この追及に対し、山尾さんは会見で「寄付金控除は受けていません」と脱税の意図を否定。その上で、資金移動の理由については「弁護士を通じて担当者に確認したが、特別何らかの意図があってのものではないという記憶だとの報告を受けている」と、極めて曖昧な説明に終始しました。なぜ500万円もの大金が、意図もなく複雑な動きをしたのか。その合理的な説明は最後までなされず、疑惑はグレーなまま残されることになりました。
4-3. 公職選挙法違反が疑われた、敵陣営にも届いたショートメール
選挙活動における脇の甘さも指摘されています。2014年の総選挙期間中、山尾さんの事務所が、選挙区内の有権者に対して事前の同意を得ずに、投票を呼びかける大量のショートメールを送信していたことが問題となりました。公職選挙法では、有権者が送信を依頼・同意していない電子メールを送ることは原則として禁じられており、違反した場合は罰則も定められています。
さらに驚くべきことに、このメールはこともあろうに対立候補である自民党の市議会議員など、敵陣営の関係者にまで送られていました。中には「人手が足りません」とボランティアを募る内容もあったといい、その無神経さに相手陣営は呆れ返ったといいます。この件について、山尾さん側は「後援会名簿の管理に手違いがあった」と弁明しましたが、選挙のルールに対する認識の甘さと、ずさんな事務所管理体制を露呈する結果となりました。
4-4. 公私混同の象徴となった議員パスの私的利用
国会議員としての倫理観が問われたのが、2021年に発覚した議員パスの不正利用問題です。国会議員には、公務でのJR各社の鉄道利用が無料になる「特殊乗車券」、通称「議員パス」が交付されます。これはあくまで公務遂行のための特権であり、私的な旅行や移動に使うことは許されていません。
しかし、週刊文春は、山尾さんがこの議員パスを私的な目的で繰り返し使用していた実態を報じました。特に問題視されたのは、倉持麟太郎弁護士との密会のために利用されたケースです。具体的には、2021年4月3日、吉祥寺駅近くのマッサージ店や恵比寿のラーメン店に立ち寄った後、倉持氏の自宅へ向かう一連の移動に議員パスが使われていたとされています。これは国民の税金で賄われる特権を、不倫相手とされる人物との逢瀬のために利用したと非難されても仕方のない行為であり、公私混同の極みとして厳しい批判を浴びました。報道後、山尾さんはSNSで事実を認め謝罪し、党から厳重注意処分を受けましたが、失われた信頼は大きいものでした。
5. W不倫騒動の核心、山尾志桜里は何をして相手は誰だったのか?

数々の不祥事の中でも、山尾さんの政治生命に最も深い傷を残し、今回の公認取り消しの直接的な引き金となったW不倫スキャンダル。2017年に日本中を震撼させたこの問題で、山尾さんは具体的にどのような行動を取り、その渦中の相手とは一体どのような人物だったのでしょうか。
5-1. 週刊文春が捉えた密会の生々しすぎる詳細
2017年9月7日号の「週刊文春」は、「民進党のジャンヌ・ダルク 山尾志桜里 9歳下のイケメン弁護士とお泊まり禁断愛」と題し、衝撃的なスクープを放ちました。記事は、山尾さんと当時34歳の弁護士、倉持麟太郎(くらもち りんたろう)氏との親密すぎる関係を、詳細なタイムラインと決定的な写真と共に報じたのです。
記事によれば、二人は民進党代表選を挟んだ2017年8月28日から9月3日までのわずか1週間のうちに、実に4回もの密会を重ねていたとされています。その内容は、単なる「政策協議」では到底説明のつかない、極めてプライベートなものでした。
- 8月28日(月)夜~29日(火)早朝: 渋谷区内の閑静な住宅街にある倉持氏のマンションに、二人は時間差で入室。山尾氏が出てきたのは翌朝4時半頃で、8時間以上にわたる滞在でした。見送りに出てきた倉持氏はTシャツ・半ズボン姿で、彼女の後ろ姿に手を振り続けていたといいます。
- 8.月31日(木)夜~9月1日(金)未明: 前原陣営の決起集会を早々に切り上げた山尾氏は、恵比寿のイタリアンレストランで倉持氏と合流。白ワインを楽しみながら親密な様子で語らった後、再び時間差で同じマンションへと消え、約5時間滞在しました。
- 9月2日(土): この日がクライマックスでした。名古屋で開催された山尾氏の地元イベント『山尾しおりとあなたの納涼まつり2017』に倉持氏が同行。イベント終了後、二人はワンボックスカーで名古屋駅に向かい、グリーン車の隣り合わせの席で談笑しながら帰京します。そして品川駅到着後、別々のルートで駅ビルやスーパーで惣菜やワインを買い込み、駅近くの高級ホテルへと時間差でチェックイン。記事によれば、その部屋はダブルベッドが一つだけ置かれた21平米のコンパクトな部屋だったとされています。
このホテルでの密会は、山尾さんが前原誠司新代表から「幹事長」の内示を受けた、まさにその日の出来事でした。政治家として最も緊張感を持つべき日に、このような行動を取っていたという事実は、彼女の危機管理能力の欠如と倫理観の低さを浮き彫りにしました。
5-2. W不倫の当事者、山尾志桜里と倉持麟太郎の当時の状況
このスキャンダルが「W不倫」として世間から特に厳しい非難を浴びたのは、当時、山尾さんと倉持氏の双方が家庭を持つ既婚者であったからです。
山尾さんには、ライブドア出身のIT実業家である夫・山尾恭生さんと、2011年に生まれた当時6歳の長男がいました。「待機児童問題」を国会で取り上げ、「子育て世代の代弁者」として名を馳せた彼女が、自らの家庭を顧みない行動を取っていたことへの失望は大きなものでした。
一方の倉持麟太郎氏にも、妻であるA子さんと、当時2歳の長男がいました。さらに深刻だったのは、週刊文春の取材によれば、密会が重ねられていた時期、妻のA子さんは「左脳大脳動脈狭窄症」という脳の病気と診断され、脳梗塞のリスクを抱えながら、倉持氏の勧めで実家での療養を余儀なくされていたという点です。妻が病と闘っている最中に、夫は別の女性と逢瀬を重ねていたという構図は、社会の同情をA子さん側に集め、倉持氏と山尾さんへの怒りを増幅させる決定的な要因となりました。
5-3. 社会の常識を覆した「不倫相手の政策顧問起用」という奇策
通常、政治家が不倫スキャンダルに見舞われた場合、相手との関係を清算し、ひたすら低姿勢で謝罪に徹するのが定石です。しかし、山尾さんの対応は、その真逆を行くものでした。2017年10月の衆議院議員総選挙で、逆風の中で無所属ながら834票差という僅差で当選を果たすと、彼女は驚くべき行動に出ます。
なんと、選挙からわずか1ヶ月後の11月、不倫相手と報じられた渦中の人物、倉持麟太郎氏を自身の「政策顧問」に起用すると公式に発表したのです。さらに同年12月には、二人揃って女性誌『婦人公論』の対談記事に登場。「どんなに批判されても、私が倉持さんを選ぶ理由」と題された記事の中で、「二人にとって常に現在が一番だ」などと語り、関係の継続と正当性を世間に向かって宣言しました。
この一連の、世間の常識や批判を意に介さないかのような行動は、「開き直り」「国民を愚弄している」と受け取られ、猛烈なバッシングを浴びました。「むき出しの好奇心になど屈しない」という彼女の言葉は、説明責任から逃れるための強弁と見なされ、政治家としての信頼を自ら決定的に損なう結果を招いたのです。
6. 二人の関係はどこから始まったのか?山尾志桜里と倉持麟太郎の出会いと馴れ初め
単なる政策ブレーンから、一線を超える男女の仲へと発展したとされる山尾志桜里さんと倉持麟太郎氏。二人が惹かれ合った背景には、どのような出会いと経緯があったのでしょうか。報じられている情報を元に、その馴れ初めを探ります。
6-1. 「憲法」という共通項が結びつけた二人の知性
二人の最初の接点は、彼らのキャリアにおいて中核をなす「憲法問題」であったとされています。山尾さんは元検事という経歴を持ち、国会議員としても論理的な質疑で頭角を現していました。一方の倉持氏は、若くして憲法学の分野で注目される弁護士であり、安倍政権が進める安全保障関連法制に対しては明確な批判的立場を取っていました。
2015年、倉持氏は衆議院の平和安全法制特別委員会に参考人として招かれ、意見陳述を行っています。この場で、委員として出席していた山尾さんと初めて公的に接触した可能性が指摘されています。その後も、憲法に関するシンポジウムや勉強会などで顔を合わせる機会は増えていったことでしょう。共通の関心事である安保法制や皇室問題、立憲主義といったテーマについて議論を重ねる中で、互いの知性に惹かれ、共感と尊敬の念を深めていったと想像されます。
6-2. 政策ブレーンという公的な関係から、公私混同の親密な仲へ
知的な共鳴は、やがて公的な協力関係へと発展します。倉持氏は、その明晰な頭脳と法律知識を買われ、山尾さんの「政策ブレーン」として、永田町で広く知られる存在となりました。国会での質問作成や政策立案の過程で、山尾さんが倉持氏にアドバイスを求めることは日常的になっていったようです。
共に政権と対峙するという共通の目標を持つ中で、二人の距離は急速に縮まっていきました。週刊文春の報道によれば、永田町で二人が同じ車に乗り込む姿は頻繁に目撃されていたといいます。公的な打ち合わせという名目で会う時間は次第に長くなり、その場所も議員会館から、やがてはレストランやマンションといったプライベートな空間へと移っていきました。そして、二人きりの時には「リンくん」「シオちゃん」と呼び合うほどの親密さに至り、政治家とブレーンという公的な関係は、一線を越えてしまったと報じられています。まさに、公私混同が二人の関係を禁断の領域へと導いてしまったのです。
7. W不倫の相手・倉持麟太郎弁護士は現在何をしているのか?
一連の騒動で日本中にその名を知られることになった倉持麟太郎弁護士。スキャンダルの渦中にあった彼は、現在どのような活動をしているのでしょうか。その近況と、山尾さんとの関係の「今」に迫ります。
7-1. 弁護士としての活動は継続、憲法問題の専門家として
倉持麟太郎氏は、現在も弁護士として第一線で精力的に活動を続けています。2014年に共同で設立した「弁護士法人Next」の代表弁護士を務めており、自身の専門分野である離婚・男女問題や企業法務などを手掛けています。
スキャンダル後もその専門家としての評価は揺らいでいないようで、特に憲法が絡む訴訟でその名が見られます。象徴的だったのは、2021年に飲食チェーン「グローバルダイニング」が東京都を相手取り、新型コロナウイルス対策の特別措置法に基づく時短命令は憲法違反だと訴えた裁判です。この注目度の高い訴訟で、倉持氏は代理人弁護団の中心人物として活動し、メディアの前で堂々と持論を展開しました。弁護士としてのキャリアは、騒動後も着実に積み重ねられていると言えるでしょう。
7-2. メディア出演やYouTubeでの積極的な情報発信
かつて情報番組のレギュラーコメンテーターとしてお茶の間にも顔を知られていましたが、現在もメディアやインターネットを通じた情報発信を積極的に行っています。自身のYouTubeチャンネル「倉持麟太郎の『このクソ素晴らしき世界』」では、毎週水曜日に動画を配信。憲法や国内外の時事問題について、専門的な見地から分かりやすく解説しており、根強いファンを獲得しています。
また、朝日新聞社の言論サイト「論座」でレギュラー執筆者として健筆をふるうなど、言論人としての活動も継続しています。憲法に関するシンポジウムやイベントへの登壇も多く、憲法学者としての社会的活動はスキャンダル前と変わらず、むしろ活発化している印象さえ受けます。
7-3. 山尾志桜里との現在の関係はどうなっているのか?
では、山尾志桜里さんとの関係は現在どうなっているのでしょうか。この点については、二人が公言していないため憶測の域を出ませんが、いくつかの事実からその輪郭を推し量ることができます。
最後に二人の密接な関係が報じられたのは、2021年4月の週刊文春による「議員パス不正利用」報道です。この時、山尾さんが倉持氏の自宅を訪れていたことから、少なくともその時点までは親密な関係が続いていたとみられます。しかし、2025年6月の山尾さんの会見では「現在、私生活、仕事の面で特段の交流はございません」と、現在の関係性を否定する発言がありました。
お互いに離婚し独身となった後も正式な再婚には至っておらず、公の場で二人が行動を共にすることもなくなりました。一連の騒動と、特に倉持氏の元妻の悲劇という重すぎる現実が、二人の関係性に何らかの変化をもたらした可能性は十分に考えられます。真相は二人のみぞ知るところですが、かつてのような公私にわたるパートナーシップは、形を変えざるを得なかったのかもしれません。
8. 倉持麟太郎とは何者?その華麗なる学歴と経歴
「民進党のジャンヌ・ダルク」を夢中にさせたとされる倉持麟太郎氏。彼は一体どのようなキャリアを歩んできた人物なのでしょうか。その華々しい学歴と、若くして成功を収めた弁護士としての経歴を詳しく見ていきましょう。
8-1. 慶應義塾大学から中央大学法科大学院へ進んだエリート
倉持麟太郎氏は、1983年1月16日、東京都渋谷区生まれ。その学歴は、多くの人が羨むエリートコースそのものです。
- 2005年:慶應義塾大学 法学部 法律学科 卒業
- 2008年:中央大学 法科大学院 修了
日本の私学の雄である慶應義塾大学を卒業後、法曹界に数多くの優れた人材を輩出してきた名門・中央大学のロースクールに進学しています。まさに、法曹エリートとしての王道を歩んできたと言えるでしょう。その後、難関の司法試験を突破し、2012年に司法修習(第65期)を終え、第二東京弁護士会に弁護士として登録しました。
8-2. 若き論客、スター弁護士としてのキャリア
弁護士としてのキャリアも順風満帆でした。都内の法律事務所で実務経験を積んだ後、2014年11月には司法修習同期の弁護士らと共に独立し、「弁護士法人Next」を設立。30代前半という若さで弁護士法人の代表に就任するなど、その手腕と行動力は高く評価されていました。
彼の名を世に知らしめたのは、弁護士業務だけではありません。専門の一つである憲法問題について、若き論客として積極的に発言を始めたのです。安倍政権が推し進める安全保障関連法制に対しては、リベラルな立場から鋭い批判を展開。テレビのニュース番組や情報番組にコメンテーターとして多数出演し、その分かりやすい解説と精悍なルックスで、お茶の間にも知られる存在となりました。
2015年には、衆議院の平和安全法制特別委員会に参考人として招致され、国会の場で堂々と意見を陳述。また、漫画家の小林よしのり氏が主宰する討論イベント「ゴー宣道場」で「師範」を務めるなど、リベラル系の言論界で確固たる地位を築きつつありました。まさに、「スター弁護士」として将来を嘱望される存在だったのです。
9. W不倫が招いた悲劇、倉持麟太郎の妻の死因は何だったのか?

このW不倫騒動が、単なる政治スキャンダルやゴシップで終わらなかった最大の理由。それは、一人の女性の命が失われるという、あまりにも悲劇的な結末を迎えたからです。倉持麟太郎氏の元妻、A子さんを死に追いやったものは何だったのでしょうか。
9-1. 「自殺」という、あまりにも重く、悲しい結末
2021年4月27日、週刊文春の電子版は、日本社会に再び大きな衝撃を与える事実を報じました。倉持麟太郎氏の元妻であるA子さんが、2020年10月3日に、埼玉県内の自宅で自ら命を絶っていたというのです。死因は「自殺」でした。30代という若さでした。
A子さんが亡くなったのは、倉持氏との間に生まれた愛する長男の誕生日を約1ヶ月後に控えた日のことだったといいます。この事実は、山尾さんと倉持氏のW不倫が、決して許されることのない、人の命を奪う結果を招いた深刻な出来事であったことを、改めて世に知らしめました。2025年6月の山尾さんの記者会見で、この件について質問が飛んだ際に彼女が「事情を存じ上げません」と言葉を濁したことは、被害者感情を逆なでするものとして、猛烈な批判を浴びることになりました。
9-2. 夫の裏切りと家庭崩壊…元妻の苦悩を綴った慟哭の手記
A子さんがどれほどの苦しみの中にいたかは、彼女が生前に週刊文春に寄せた手記(2018年3月29日号掲載)から痛いほど伝わってきます。そこには、信じていた夫に裏切られ、築き上げてきた家庭を木っ端微塵に破壊された女性の、血を吐くような叫びが記されていました。
「この半年は、私にとって地獄のような日々でした。本当に思い出すのも辛いことばかりです。(略)その中でも私がいちばん深く傷ついたのが、山尾さんが私たち夫婦の寝室にまで上がり込んでいたことでした」
「リビングに飾ってあった披露宴のウェルカムボードがなくなっていたことでした。慌てて探し回ったらクローゼットに隠されていたのです」
「私は山尾さんのせいで、全てを失いました。家庭、愛する夫、かけがえのない息子、全部失ったのです。(略)事実を認め、その償いをしてもらいたい」
A子さんは、不倫発覚後も倉持氏との関係修復を望んでいたといいます。しかし、倉持氏の方から「一緒に暮らしていく自信がない」と離婚を切り出され、彼女の望みは打ち砕かれました。
9-3. 愛息との引き離し、うつ病発症…精神的に追い詰められた日々
A子さんをさらに絶望の淵に追いやったのは、最愛の息子との引き離しでした。不倫報道当時、A子さんは脳の病気を患っていました。その健康状態への不安などを理由に、2017年11月の離婚協議の際、当時まだ2歳だった長男の親権を倉持氏に渡さざるを得なかったのです。
その後、A子さんは「何てことをしてしまったんだろう」と後悔し、倉持氏に親権を返すよう求めましたが、それは叶いませんでした。週末に息子と面会することは許されていましたが、それさえも後に制限されるようになったと報じられています。愛する我が子と自由に会うこともできない日々の中で、彼女の心は壊れていきました。2019年にはうつ病と診断され、会社を休職。抗うつ剤を処方されながら、孤独な闘病生活を送っていたとされています。彼女の死は、夫の裏切りと家庭の崩壊、そして我が子との断絶という、幾重にも重なった絶望が生んだ悲劇だったと言えるでしょう。
10. 悲劇の中心にいた倉持麟太郎の息子は、今どうしているのか?

母親を自死という悲しい形で失った倉持麟太郎氏の息子さん。このW不倫騒動における最大の被害者ともいえる彼は、現在どうしているのでしょうか。プライバシーに深く関わるため情報は非常に限られていますが、これまでの報道から分かっていることをまとめます。
10-1. 息子の年齢、そして親権は父親である倉持麟太郎氏に
倉持麟太郎氏と元妻A子さんの間には、2015年に生まれた長男が一人います。2025年現在、10歳になり、小学校に通っている年齢です。
2017年11月に両親が離婚した際、親権は父親である倉持麟太郎氏が持つことになりました。そのため、息子さんは現在も倉持氏のもとで生活していると考えられます。離婚当時、A子さんが脳の病気を患っていたことが、親権を父親側が持つ大きな理由になったとされています。
10-2. 母親との断絶、そして永遠の別れ…息子が置かれた過酷な状況
息子さんが置かれた状況は、極めて過酷なものでした。離婚当初、週末には母親であるA子さんと面会交流することが取り決められていましたが、A子さんが週刊文春に手記を寄せた後、倉持氏側から面会を拒否されるようになったと報じられています。A子さんは生前、テレビのインタビューで「突然、会わせてもらえなくなった」と涙ながらに語っており、息子さんは幼くして母親と会えない日々を過ごすことになりました。
そして2020年10月、母親との突然の永遠の別れを迎えることになります。母親を必要とする時期に母親と引き離され、その死の真相も十分に理解できないまま成長していかなければならない彼の心中は、察するに余りあります。
現在の詳しい生活状況は公表されていませんが、父親である倉持氏がシングルファーザーとして養育しています。この悲劇によって最も深い傷を負ったであろう息子さんの、今後の健やかな成長を心から願うばかりです。
11. 総括:山尾志桜里の公認取り消し問題が日本社会に投げかけた重い問い
最後に、今回の山尾志桜里さんの国民民主党公認取り消しという一連の騒動について、その核心となるポイントを改めてまとめます。
- 公認取り消しの決定打はW不倫問題の再燃: 2025年6月11日、国民民主党は山尾志桜里氏の参院選公認を正式に取り消しました。その最大の理由は、2017年に報じられた倉持麟太郎弁護士とのW不倫スキャンダル、とりわけ相手の元妻が自死するという悲劇的な結末に対する世論の根強い批判でした。
- 説明責任を果たさなかった記者会見: 6月10日の記者会見で、山尾氏は過去の不祥事を謝罪したものの、不倫疑惑の核心部分については「新しい言葉を紡ぐことはご容赦いただきたい」と説明を避けました。この姿勢がさらなる批判を呼び、公認取り消しの直接的な引き金となりました。
- 数々の不祥事による信頼の失墜: 「ガソリーヌ」と揶揄された異常なガソリン代計上、不可解な500万円の資金還流疑惑、議員パスの私的利用など、過去の度重なる不祥事が有権者の間に根深い不信感を植え付けていました。
- W不倫の相手は9歳年下の既婚弁護士: 相手は当時、憲法学者・弁護士として注目されていた倉持麟太郎氏。山尾氏はスキャンダル発覚後、倉持氏を自身の政策顧問に起用するという異例の行動に出て、世間をさらに驚かせました。
- 人の命が失われたという重い事実: この不倫騒動の末、倉持氏の元妻は精神的に深く傷つき、2020年に自ら命を絶つという悲劇が起きています。この事実の重みが、今回の騒動を単なる政治スキャンダルで終わらせませんでした。
今回の事件は、政治家に求められる資質とは何か、という根源的な問いを私たちに突きつけました。政策立案能力や弁舌の才もさることながら、それ以前に人としての高い倫理観、そして自らの過ちに対して真摯に向き合い、説明責任を果たす誠実さが不可欠であること。特に、人の命という取り返しのつかない結果を招いた問題に対しては、なおさらです。
山尾志桜里さんが、国民の厳しい審判を前に再び信頼を得ることは叶いませんでした。この一連の騒動は、SNSが世論を形成する現代において、政治家がいかに有権者の厳しい視線に晒されているか、そして一度失った信頼を回復することがいかに困難であるかを示す、象徴的な出来事として長く記憶されることになるでしょう。
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